10/10/2011

録音の世界へ(2)

大学3年生の秋から冬の頃、ちょっとして事件がおこりました。この話は「バンド」のシリーズで既に書いた事ですが、バンドの「メンバー募集」の繋がりの中から1人の人物と知り合いになった事です。彼の名は矢沢和明君と言い、最初は当時私がやっていたバンドに加入してもらうつもりで連絡を取りました。その時には既に別なバンドとの話が先にありましたので、結果的には私の方のバンドに入る形にはなりませんでしたが、その後友人として付き合う事になりました。

その矢沢くんは、自宅にいろいろな機材をため込んでいて、一言で言えば宅録のスタジオのような状態にしていました。これは私にとっては大変な驚きでした。当時の私は大学のスタジオをかなり自由に使える状態で、機材もとても個人では手に入れられないような高価なものが揃っていましたので、他人から見れば羨ましがられるような恵まれた状態でした。しかし、かなり自由に使えると言っても1日せいぜい8時間、日曜祭日は休みですし入試等で学校に入れない期間もありますし、卒業までという期限もありましたので、矢沢くんのような何時でも使えるスタジオは一種憧れの存在でした。

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12/05/2010

録音の世界へ(1)

このシリーズは、「電子音楽」シリーズの続きと「バンド」シリーズの第11回から分岐して来る形の内容になります。この第1回のエントリーは、今までの流れを押さえる形の記述から入りますので、しばらくは内容的に重複する部分がある事をご承知下さい。前記2つのシリーズも合わせてお読みいただければ、全容がわかりやすいと思いますので、どうぞよろしく。

私は元々録音はそれほど強い方ではなかったと思います。もっとも、父がどういう理由なのか小型のテープレコーダーを持っていましたので、いつの間にかそれが私のおもちゃ代わりになっていたという事はあります。その時はテレビから流れる気に入った音楽を片端から録音して聴いていたという形でした。その頃のテープそのものは保管してありますが、それを再生する手段がなかなか無くて、中身を確認する事が出来ないでいます。その後、いわゆるステレオを買ってもらったのが中学に入る頃でした。そのステレオは本体+スピーカー2本の3点セットのタイプで、本体にはレコード・プレイヤーとAM・FMチューナーがあり、録音機能は無かったと思います。その当時の機械は押なべてそんな感じだったと思います。

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11/02/2010

バンドと共に(11)

はっきり覚えていないのですが、いろいろ状況から考えて活動再開した年の秋頃だと思います。ステージ・フライトに一時的にもう一人のメンバーが加わりました。名前は矢沢和明くんと言い、キーボードを得意とするマルチ・プレイヤーでした。彼は、「キーボードをやります」という形でバンド加入希望のメッセージを出していたのを私が見つけて連絡したものです。彼は、私が連絡した時には既に別なバンドに加わる事が決まっていた状態だったのですが、それでも試しにと言うことで一度会ってみる事になりましたが、それで意気投合してしまった訳です。この人は、試しに・・の延長でスタジオに2~3度来てプレイしたりしただけですので、ステージ・フライトの他のメンバーにはほとんど印象が無いと思います。しかし、私にとっては非常に重要な人物でした。

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10/29/2010

バンドと共に(10)

さて、翌年の春にバンドは再活動いたしました。その時点で残ったメンバーは4人。キーボード担当の私の他は、ギターの康雄くん、ベースの高橋くん、そして憲行くんです。憲行くんはマルチ・プレイヤーなのですが、この時点から必然的にドラマーという事になり、兎にも角にもバンドとしての形態は保っていました。楽器の面では各楽器が一人ずつという事になり、それなりに何とかなるようでした。特に、私がキーボード関係の機材を少しずつ追加しマルチ・キーボード体制に移行していく事で、以前よりも複雑で柔軟なアレンジが可能となっていましたので、あまり大きな問題は無かったと思います。一方、困ったのはヴォーカルです。それまで中心となってリード・ヴォーカルを取っていたヒロシ兄さんが抜け、その次に良くヴォーカルを取っていた憲行くんがドラムを叩きながら歌う形になり、スロー・テンポの曲ならばまだしも、アップ・テンポの曲では無理があることが判りました。後の3人はかろうじて私がバック・コーラスを取ることがあった程度でほとんど歌はやっていません。

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10/28/2010

バンドと共に(9)

さて、ステージ・フライトの方です。大きな転換点などと書いてしまいましたが、話はすこぶる単純でヒロシ兄さん、タカちゃん、大窪くんの3人が就職が決まった、あるいは就職活動に入るという理由でバンドを抜ける事になった訳です。よくよく考えてみると、ヒロシ兄さんはコンサートの前の段階で抜けていたようにも思います。また、高校生組の3人も3年生になっていて、つまり受験シーズンに突入する時期にさしかかっていました。兎にも角にも6~7人編成という大所帯のステージ・フライトとしては、今回のステージが最後という形で、その後もしばらく活動休止状態になる事がわかっていた事になります。オリジナル曲は、前年のコンサート時よりも3曲ほど増えましたので、初期の頃の比較的単純な曲を外す形で、演奏時間1時間弱のプログラムにまとめたはずです。ただ、やはりセット・リストのきちんとした記録が残っていませんので、実際どの曲を演奏したのかが正確にはわかりません。

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10/06/2010

バンドと共に(8)

夏のジョイント・コンサートに3つのバンドが出る事になった話は前回いたしました。1つはステージ・フライト。1つは私と康雄くんが参加した即席バンド。もう1つはギターの浦田泰宏くんとキーボードの上野耕路くんが中心となったバンドでした。浦田くんと上野くんの2人は、実は私にとっては高校の後輩でこの時期よりもかなり以前からの知り合いでした。と言うよりも、以前はクラシック系の関係の付き合いでしたので、思わぬところで再開したという形になります。2人ともこの時点ではまだアマチュアと呼ぶべき段階だったと思いますが、後にはプロとして活躍していますので、名前をご存知の方もいらっしゃることでしょう。また2人とはこの時以後もいろいろな機会で別々にですが再会しています。お互い音楽家として活動していればある意味必然なのかも知れません。

さて、康雄くんが中心となった即席バンドの方ですが・・・・。

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10/03/2010

バンドと共に(7)

私の作詞作曲としては処女作にあたる"Love Sketch"につきましては前回書きました。翌年の冬だったと思いますが、バンドのメンバーには披露いたしました。メンバーの反応は概ね好意的だったのですが、結果としてバンドの曲として演奏する機会はありませんでした。私自身が作詩の下手さ加減に辟易していて積極的に演奏したがらなかったのが大きな理由です。私の曲ですので、私がヴォーカルを取るべきという話になったのも少なからず閉口いたしました。その頃の私はロック・バンドでヴォーカルを取るという覚悟はまだ出来ていませんでした(その後も似たり寄ったりなのですが)。

そんな訳で、私はバンド活動と平行して詩を探すという事を考えましたが、本屋で詩集などを探してみてもなかなかバンドで使えそうな詩がある訳でも無く、何となくずるずると日を過ごす事になり、なかなか次の作品という形になりませんでした。

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08/13/2009

バンドと共に(6)

あいまいな記憶では10月頃、私と大窪クンの参加した7人編成のステージ・フライトの初のコンサートが開かれました。日時もあいまいなのですが、場所の記憶もあいまいで、佐倉市内にある公民館のような場所だったと思います。音楽室という名称だったかどうかはわかりませんが、そんな感じの200人くらい聴衆が入る感じの場所でした。実は、ステージ・フライトにとっても初のワンマン・コンサートだったはずです。それまでは、ジョイント・タイプのコンサートやコンテスト等の出演などの活動が中心だったようです。それから私は後から知ったのですが、11曲のオリジナル曲のうち、4曲ほどがその時はまだ未発表の新曲だったようです。つまり私が参加する事になった直前の時期に作られた曲という事になりますし、それが出来たのでワンマン・コンサートが出来るだけの曲が揃ったというタイミングだった事にもなります。

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バンドと共に(5)

さて、この一時期が私の手元に全く資料が無い、もしくは資料の断片があっても全然整理されていなくて資料としての役には立たない状態になっています。つまり私がステージ・フライトに参加してから初めて開催されたコンサートの前後の状況がほとんどわかっていないという事になります。いや、その後の数年間もあまり良くわからない状態だというのは同様だと思います。ですので、しばらくはあいまいな記憶を頼りに点描風に書いて行くしか方法がありません。

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07/19/2009

バンドと共に(4)

当時、高澤兄弟の住んでいた場所は佐倉市内ですが、東京方面からみて佐倉駅よりもかなり手前でJRよりは京成線の方が近いという場所でした。で、私は普段あまり使わない京成電車に乗り約束の場所へ向かった事になります。最寄の駅にはヒロシ兄さんが迎えに来てくれました。その時の印象が、お互いに相当意外だったと思います。彼が私の事をどう想像していたのかについてはきちんと聞いていませんが、少なくとも2人ともロックをやろうという人種とは掛け離れた外見だった事は確かです。それにもかかわらず、一目見て「この人だ」と感じたのが何とも不思議な感覚でした。何だか仲間の臭いがしたという事なのでしょうか。

ヒロシ兄さんの風貌はその頃も現在(と言っても20年くらいは会っていませんが)も、将棋の中原永世名人に似ているのですね。彼の1つの悩みは、「趣味は音楽です」と自己紹介した相手にほぼ100%の割合でクラシック愛好家だと思われて、「ビートルズやザ・バンドを愛聴しています」と言い難い雰囲気になってしまうという事でした。そんな感じでしたのでかえって意気投合出来たのだと思います。

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12/10/2008

鏡の国のアリス(17)

その後の経過ですが、ちょっと残念なお知らせをしなければなりません。 実は5人関係している作曲家の1人から、自分(その人)の作品が(作品としての)出来が良くないと思うのでCD化は辞退させてもらいたい旨連絡がありました。それでどうすべきかいろい...

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10/25/2008

バンドと共に(3)

そうこうしているうちに、多くの楽器店は店内に掲示板があり、「メンバー募集」が掲示されている事に気付きました。その当時も雑誌「プレイヤー」は存在していたのですが、私は(不覚にも)この雑誌が「メンバー募集」の情報交換の目的で多く買われていたという事実を知らないでいました。という事で、私にとりましては、楽器店の掲示板が唯一の情報源だったわけですが、その事に気付いたその日だったか次の日だったか、とにかくほとんど最初の頃に見かけた記事が非常に気になりました。詳しい文面は覚えていませんが、「ビートルズを好きなキーボード募集」のような感じだったと思います。

その頃は、洋楽ポピュラーを聴き始めた時期から1年以上経過していたと思いますので、ビートルズ関係はほとんど、その他にもいくつかのグループを聴いていました。記憶がいまいちはっきりいたしませんが、前回名前をあげたバンドの他にも、ピンク・フロイド、10cc、ELP、トラフィックあたりは聞いていたと思います。とにかく、掲示板の記事が気になりましたので、そこに書かれている電話番号を一生懸命記憶しようとしました。何故か筆記用具は使いませんでした。たまたま持っていなかったのだと思います。で、思いついたのが数字をドレミの音に置き換えて、そこで出来たフレーズを記憶するという方法です。これは思いがけず良い方法で、その時覚えたフレーズはいまだに頭の中にあります。とにかく、これがステージ・フライトとの出会いのきっかけです。

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10/17/2008

バンドと共に(2)

図書館で借りたビートルズの「オールディーズ」、イエスの「海洋地形学の物語」、ムーディ・ブルースの「童夢」、ストーンズの「レット・イット・ブリード」、自分で買って来たミッシェル・ポルナレフとサイモン・アンド・ガーファンクルの日本独自の企画編集盤、エアー・チェックしたビートルズのソロ・・・・これは、2回に分けてジョンとポール、ジョージとリンゴのソロ・アルバムからセレクトした曲を流した番組でしたが、ジョージとリンゴの回は録音に失敗して、テープとして何度も聞いたのはジョンとポールのみです・・・・これが最初の頃に聞いた洋楽ポピュラーのリストです。この中で一番良かったのがイエス、その次がムーディ・ブルースでした。今でも続いているプログレ好きはこんなところから来ているのでしょう。不思議なのがピートルズ関係の印象があまり良くなかった事です。サイモン・アンド・ガーファンクルも聞いていて辛かったのですが、この場合は、曲が年代順に並んでいた、つまり初期のフォーク調の曲が最初に並んでいたので無理も無いところでしょう。いきなり英語の歌詞のフォークは、歌詞の内容も理解できませんし、ちょっと辛いですよ。

まあしかし、その後まずビートルズを揃える事から開始いたしました。何故かというと・・これがまあ、誰も思い付く人はいないような理由なんですね。

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10/11/2008

鏡の国のアリス(16)

このシリーズの前回のエントリーを書いてから3年以上が経過しています。いきなりここで続編を書くのは、当然ながら事態に変化があったからです。前回の時点では歌の録音のところで止まってしまっていました。誰か歌手を頼むというのは、けっこう大変な事です。曲自体、半端ではなく難しい曲が揃っていますので、その辺にいる歌自慢の素人というわけには行かず、かなりの実力のあるセミプロ以上の人材が要求されます。また、それとは別に、題材が題材ですので声質が合うか合わないかという大問題があります。つまり、やってみて「やはり声が合いません」なんて後から断わるという可能性があってはならないので、選ぶ時点で相当に慎重にならざるを得ないのです。

ところが、時代が変わると話が変わってくるのです。この3年で何が変わったのかと言いますと・・・・

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09/17/2008

バンドと共に(1)

私の活動歴の中に、ご多分に漏れずと言うべきでしょうか、ポピュラー音楽との関わりがあります。ご多分に漏れずと書きましたが、経歴的にはちょっと変わっているかなとも思っています。一番最初は、映画音楽全集のレコードです。LP10枚組みでしたので、かなりの量があります。今はしまい込んでありますので、曲目等の詳細がわかりませんが、「風とともに去りぬ」「エデンの東」「第3の男」「オズの魔法使い」なんて感じでしたし、西部劇方面などもかなりあったと思います。年代的に言って当然なのですが昔の名画が中心です。この全集はかなり好きでした。

その後、中学時代だったと思いますが、一時的に「ベスト10」等の歌謡番組を見ていた事があります。最初は面白かったんですが、2~3ヶ月で飽きました。歌謡曲のマンネリ気質にすぐ気が付いて、興味を全く無くしてしまったのですね。現在でもマンネリのジャンルにはどうしても興味が湧かないのですが、この時期に身に付いた一種の気質だと思います。

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«改題とリューアル、その後