Firefly / Uriah Heep
ユーライア・ヒープのスタジオ・アルバムとしては10作目、1977年発表の作品になります。比較的最近になってから、中期頃までのユーライア・ヒープがプログレッシブな音楽性を持っていた事に対する理解が深まってきていて、ヒープはプログレ・バンドだと当初から言い続けていた私にとってはとても嬉しい事です。4大ハード・ロック・バンドなどと言われながら常に4番手だった時を知っていますので、ようやく正当に評価されるようになったなという感じがいたします。しかし、このアルバムは、どちらかと言うとハード・ロック的な音作りが目立っているアルバムです。1曲だけ、タイトル・ソングの「ファイアーフライ」という曲だけが、ヒープには珍しく叙情的な美しいプログレ・チューンとなっていて、その全体を通したアンバランスさが際立っています。
「珍しく叙情的」書きましたが、これは多少説明が必要でしょう。ヒープのプログレ性は、どちらかと言うと複雑なリズムや錯綜したメロディライン、意表を突く構成、そしてその方向性を推し進めたアドリブソロなどに顕れているケースが多かったわけです。つまり一言で表現するならばアグレッシブであった事になります。ところが、この「ファイアーフライ」という曲については、そういう言い方は当て嵌まらず、美しいメロディとそれを引き立たせるヴォーカル・ハーモニーを全面に打ち出し、単純な組曲的な構成を持った作品にまとめ上げられています。
今回、ここに書こうと思って聞き直したのですが、「あれ?こんな感じだったっけ?」という印象が強く残りました。これは、「ファイアーフライ」1曲の話ではなく、アルバム全体の話なのですが、ドラムを中心としたリズム・アレンジが全然複雑じゃないんです。どちらかというと単純化している印象です。もっとも整理させているという言い方をすると、悪い意味にはなりませんし、ベース・ラインはいろいろな部分で良い味を出しています。歌の(時にはギターの)メロディが良いのは以前からわかっていました。つまり、いいメロディを書いてしまったら、それを邪魔するような過剰なアレンジは必要としないという事になります。当たり前と言えば当たり前の事なのですが、このアルバムがそういう仕上がりになっているとはちょっと思っていませんでしたので、新鮮な驚きという感じがいたしました。
単純と書きましたが、仕掛けはわりと多いです。それがメロディに従って自然に流れていくように計算されているのがわかります。このアルバムでは、ほとんどの曲を手掛けているケン・ヘンズレーのソング・ライターとしての実力の最高の部分が出たものだと言えるでしょう。
それを引き出したのは、ヴォーカリストの交代劇だったかも知れません。オリジナル・メンバーでヒープの顔を務めていたデヴィッド・バイロンが前作の後クビになりました。表向きの理由はアル中という事になっています。この辺はいろいろ勘繰れる部分なのですが、実際の真相はよくわかりません。で、最終的にヴォーカリストとして決まったのがジョン・ロートンです。この人の起用は、とにかく声が文句無く良かったからという事で、外見や性格はデヴィッド・バイロンが築き上げてきたイメージを全く覆すタイプのヴォーカリストです。その声の良さという点では、ポール・ロジャースやデヴィッド・カヴァーデルも候補だった中から選ばれた訳ですので、半端ではありませんし、彼はヒープの後もいろいろなバンドに関わりながら現在まで活動していますので、その事だけでも、持てる実力の証明には十分過ぎると思います。
最初に書きました「叙情的」いう部分はジョン・ロートンの声質・性格の中に色濃く内蔵されているものなのでしょう。ケン・ヘンズレーの書く曲にも元々そういう性格が隠れていたわけで、相乗効果で一つの作品として結実したのだと思います。しかし、この体制も、数年でジョン・ロートンとケン・ヘンズレーが、相次いでグループを離れてしまったため、長続きしませんでした。デヴィッド・バイロン時代のアクの強いサウンドに慣れてしまったファンには少々物足りないサウンドだったのかも知れません。総じてプログレ・バンドとしてのユーライア・ヒープの最後の時期の作品、しかもその名に恥じぬ大傑作と評価出来る作品だと思います。ケン・ヘンズレーの書く曲に惚れ込んだファンにとっては必聴盤・愛聴盤である事には間違いありません。
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