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12/23/2016

大川義行氏の想い出(20)

シニア劇団の話は、進展があるのかどうなのか良くわからないまま、時間が経過していました。その前に、スマートコミュニティのサークル活動で、別な曲を用意したはずです。はずです・・と書きましたが、どの曲を用意したのかをはっきり覚えていません。このサークルに、私の曲が使われたという事で、発表があるからとの通知を受けた事は、都合2回ありました。1回目の「南総里見八犬伝の謎」については前回も書きましたが、実際に見にいきましたので覚えています。ただ、その時は音楽を全曲を使ったのではなくテーマの1曲だけで、台本も全く違ったものでした。2回目は私の都合で見に行けませんでしたので、何の曲を使ったのかもわからなくなっています。ところが、この2回目については、大川さんからのメールが残ってます。内容は私が行けなかった事を詫びたメールの返事で、2014年11月9日が本番の当日だった事がわかります。ここで、やっと具体的な日時がわかる状態になりました。そのメールには、シニア劇団の方の練習が始まっているので一度見に来ませんかとも書かれていました。つまりシニア劇団についても、その後の情報がやっとわかったという事になります。

シニア劇団と書いてきましたが、劇団の名称はPPK48と言います。PPKとは、ピンピンコロリの意味だそうで、まあ、わかる人には説明不要、わからない人にはどうでも良いようなものでしょう。48という流行に乗り遅れたような名称もちょっと疑問に思いました。本家のAKB48とその関連だけでも10グループくらいありますし(正確には知りません/苦笑)、全く関係のない「○○○48」というグループ(?)が既にいくつか発足していたというニュースも知っていましたし、その中には老齢者を集めたダンスのチームもありましたので(名称忘れた~!)、「何をいまさら」と思ったのも確かです。この疑問は、最初に劇団の名称を聞いた時に大川さんにも直接ぶつけてみました。大川さんは「あっ、そうなの?」という反応で笑っていました。この劇団は大川さんの発案ではなく、他に創設に尽力した人がいて、「ぜひ大川さんに引き受けて欲しい」と頼み込んだ形でしたので、大川さん自身は名称に関して提案する事はあっても、決定する立場ではなかったのだと理解しています。

そのPPK48の練習ですが、私はなかなか顔を出せないでいました。理由は、練習は毎週木曜日と言われた事です。つまり、その頃だけの話ではありますが、丁度木曜日が週の中で一番忙しいという時期だったからです。

そうこうしている内に、2015年・・・昨年ですね・・・6月10日早朝に突如携帯にメールが舞い込みました。シニア劇団のテーマの歌詞が出来たので、送るからパソコンのメルアドを教えてほしい、という内容でした。パソコンを替えていて、メルアドがわからなくなっているとの事でした。その日は朝から出掛けていて、なかなか返事が出来ませんでしたが、朝10時頃に電話がかかって来て・・・電車の中だったはずで、電話は取らずにメールを返したのが記録されています。とにかく重要な点は、送られた歌詞に曲を付けて、翌日11日の練習に間に合いますか?という事で、久しぶりの無茶振りでしたね。この頃からは、メールのやり取りがきちんと残っていますので、それによりますと、家に帰ってパソコンを確認し・・その時はパソコンには届いていなかったので、家に戻ったとメールして・・その後送られて来たものを見て、手が空いてから作曲にとりかかり、6時間ほどで1曲分譜面を書き上げ、夜11時頃にメール添付で送ったという事まで確認出来ます。メールでPDFファイル形式で楽譜を送ったのは、大川さんに対しては初めての事で、大川さんの方できちんとプリントアウト出来るかどうかが多少心配でしたので、「大丈夫ですか?プリント出来ていますか?」と確認のメールを入れたりしています。

送られて来のは、台本の冒頭部分ですが、音楽から始まり幕が開き、挨拶みたいなセリフが入り、歌があってダンスがあって・・・という形で、時間にして7~8分費やすものでした。セリフは、観客が状況を理解するための意味が大きく、有っても無くてもストーリー本体にはそれほど影響の無いものです。送られて来たのはその部分だけでしたので、ストーリーそのものがどんな展開になるのか予測不能の状態でした。とにかく、この時に作ったものは歌の部分のメロディが主で、オープニングのセリフまでの部分と中間のセリフとダンスの部分以降は楽譜にしませんでした。オープニングについては、副題に「シニア婚活ミュージカル」と書かれていましたので、後々結婚式のシーンがあり、その音楽と共通のものになるだろうと考えて、その部分の台本を見てからにしようと思ったわけです。中間以降については、セリフが出てくるので音楽は終わりと思っちゃったんですね。台本を見てその日のうちに作曲しましたので、細かくは読み込んでいなかったという事で勘弁してもらうしかありません。

翌週の練習には音取りの指導をして欲しいと頼まれて顔を出しました。元気な高齢者たちでびっくりしましたね。その時ではなく後々わかった事なのですが、「ちばの川ものがたり」の時、最高齢80歳で出演していた人が、最高齢94歳でメンバーに入っていたのですね。さすがに高齢過ぎるという理由で歌やおどりの練習に参加するのは控えてもらっていましたので、最初の時わからなかったのも無理ない事だと思いますが、とにかく嬉しいというのか・・・何とも言えない気分でした。

それから、オープニングの部分は別として、歌とダンスの音楽の録音を始めたのですが、こちらはいろいろ迷いましたのでなかなか進みませんでした。迷ったのは1つはサウンドで、もう1つはダンスの曲調です。サウンドに関しては、結局アメリカンポップス風に落ち着き、ダンスは高齢者ですので、やはりワルツしかないと気付くまでかなりの時間がかかった訳です。

さて、そういう感じで始動したのですが、台本の続編がなかなか届かず、こちらの作業も止まってしまいました。他の作曲の予定もありましたので、台本が来ないのなら、という事でそちらを優先していた意味もあります。かなりの時間が経過した後、台本の続きがメールで届いたのは、なんと9月3日の事でした。あんなに急いでいたはずなのに、なんでこんな事になったのでしょうか?。ともかく、私のところで時間をかけては拙いだろうと思い、翌日には譜面を書き上げて届けました。直接大川さんの事務所へ持って行き、ポストへ入れて来たと思います。その翌週、大川さんと偶然ばったりと会うという事があり、詳しい状況を聞く事が出来ました。

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