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12/19/2016

大川義行氏の想い出(19)

これから書く話が、何年の何月の事だったのか、全く記憶から飛んでしまっています。何か、メール等が残っていないかといろいろ調べたのですが、大川さんが携帯メールで連絡して来るようになった時期で、間の悪い事に、携帯が故障してやむなく機種交換した時の直前のあたりの話ですので、メールでは確認する事が出来ませんでした。携帯の故障は、画面が見えなくなるというものでしたので、中のデータは無事の可能性が高く、携帯を引っ張り出してきて(本体は持って帰りましたので)パソコン等に繋いでみる方法が無くはないのですが、肝心の本体がどこにしまい込んだのか不明という状態です。もちろん私の自主的な記録にも目を通しましたが、うそのように全く記述がありません。とにかく、私自身は記録するほどの事では無いと判断していた訳ですし、大川さん絡みでなければ、記録を掘り起こす必要性も無かった事にもなります。

いろいろな状況から判断して、2013年後半か2014年前半あたりの時期のようです。大川さんから連絡がありました。連絡と言ってもメールだったのか、電話だったのか、あるいは直接来訪を受けたのかも不明です。かろうじて覚えているのは、「南総里見八犬伝の謎」の音楽を使いたいのだけれども音源は無いだろうか?という話でした。一つだけ日時に関する手がかりがあったのですが、SNSで「南総里見八犬伝の謎」のCD-Rを久々に聞きましたと呟いていたのを見つけました。この時の話だとしますと、呟き自体が2013年の7月29日付けですので、その当日か前日かが大川さんの連絡があった日という事になります。

でも、その時はCD-Rを1枚焼き増しして渡しただけだったはずです。で、その後日談がまた日時不明なのです。感覚では2014年の春から夏ごろかなとも思えるのですが、それよりも半年くらい前かも知れません。ともかく、本番があるから見に来ないか?という連絡があったわけです。「本番?」ですよね。いきなり本番なんてケースは大川さんとの長い付き合いの中でも初めての事ですから。しかも「食事用意してあるから」という話もありました。ますます「??」・・・です。

指定された場所は、スマートコミュニティ稲毛というところでした。さて、この場所についてここをお読みの方はご存知でしょうか?。恥ずかしながら、私は知りませんでした。しかし、関係するあるいは関心のある人にとっては大変有名な場所だそうです。総じて、若い方の人たちはあまり関心が無く、関心の無い人にとっては全くの別世界の話という事になると思います。

詳しく説明すると煩雑ですので、要点だけ書きますが、単純に言って高齢者施設です。しかし、老人ホームなどではありません。施設は住居部分と設備部分があり、住居はあくまでも分譲マンション形式、設備は医療関係の設備はもちろん、各種スポーツ施設、図書館、食堂やバー、遊技場その他会議室、集会所や貸オフィスなどまであるようです。誤解を恐れずに書くとしますと、リゾートホテルで一生暮らせるような施設と言うのがわかり易い表現かも知れません。そして、その施設の一環としてですが、サークル活動というものがありました。わかるようなわからないような話だと思いますが、中学高校の部活動のようなものと言ってしまえば、当たらずといえども遠からずだと思います。大川さんはそのサークル活動の一環として、歴史探求のようなものも担当していたようですが、演劇(?)というのも担当していました。そのサークルの発表会に誘われたという事になります。

発表会は単独のものではなく、いろいろなサークルのさまざまな発表があったという、文化祭のようなシチュエーションだったと思います。その活動に疑義を差し挟むつもりはありませんし、その存在意義は十分に認める立場ではありますが、発表会そのものは学芸会の域を超えるものではありませんでした。

正直に書きますが、大川さんほどの人がわざわざ取り組むような内容のものではないと感じました。それが、きちんとした記録を取っていなかった理由です。大川さん本人が出向く事無く、それなりの適任者を選出して任せておけば良かったのではないかと思っています。実際に見た演目は、いかにも素人っぽく、見ていて恥ずかしくなるような感じでした。

つらつら考えますに、大川さんと言えども一人だけでいろいろな活動を取り仕切っていけるはずはありません。スポンサーもいたでしょうし、他にもいろいろな形で支援している人たちがいた訳です。まあそれが悪いはずはありませんが、そういう人たちもだんだん年齢を重ねていくにつれて、高齢者に目を向ける人たちも出てくるでしょう。大川さんは、そういう流れの中に巻き込まれていったのではないかと思っています。私見ではありますが、大川さんはまだまだ若い人たちに交じって現役のバリバリで活動していたかったのではないでしょうか?しかし、次第にそうとばかりは言っていられないような社会情勢が迫って来ていたというのが実情だったのではないかと感じています。

さて、その日打ち上げで、お約束の食事を取りながら、久々に大川さんとゆっくり話したのですが、専ら別の話をしていました。それは、その時のサークルとは別口でシニア劇団を立ち上げる事になったので、その音楽を頼めないかという話です。これだけの話では断る理由はありません。頼まれた仕事の話は時間的に無理でない限り断らない、というのが私のモットーです。

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