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12/07/2016

大川義行氏の想い出(14)

ミュージカル「南総里見八犬伝の謎」の本番は2008年の3月23日でした。前の記事の後半部分で、何月何日に台本や歌詞が届いた、などとずらずら日付を並べてしまいました。これは珍しく記録があったという意味が大きいのですが、逆に言いますと、大川さんとどういう会話があったのか、という部分の記憶があまりはっきりしていないという意味にもなにります。それだけ強行軍だったのだ、という事なのでしょう。

2~3付け加えるとしますと、まず4曲目の八犬士が登場する部分のダンスシーンの音楽は、台本が届く前に何となく考えていて、結局ボツになったメインテーマのメロディをあらためて採用したものです。これは私が言わなければ誰も気付かない事ですね。しかし、これが見事にはまってるのですから、不思議なものです。それから、本番前日のリハーサルの時に、当日の開演前、会場で流す音楽として適当なものがないだろうか、という話がありました。この話は言い出したのは大川さんかも知れませんが、直接私に話してきたのは音響の担当者の人でした。これについては、私が以前録音した"Music for Art Museum"というCDを持って行って「良かったら使ってください」という形にしました。これは使ってはいましたが、会場が超満員でガヤガヤしていましたので、ほとんど気付く人はいなかったのではなかったかと思います。6曲目の八犬士のアクションシーンの音楽として、ふと思い付きでキース・エマーソン風の音楽にいたしました。盗作ではないのですが、知っている人は直ぐにピンと来るようなサウンドになっています。ちょっとこれで大丈夫なのかな・・と内心思っていたのですが、これが大好評でした。世の中には初めてキース・エマーソンを聞いて大ショックを受けたという人がごろごろいる訳ですが、八犬士役のサンブキッズを中心とした若者たちは、本物のキース・エマーソンは知らないはずですので、逆に同じような衝撃があったのかも知れません。その結果、ノリノリのアクションを演じてくれました。

この作品で、一番はっきり言える事は、大川さんの台本と私の音楽のコンビネーションが確立したという事です。それまでは、多少なりともかみ合っていなかった部分が無いとは言えませんでしたが、この作品ではそういう部分が全然ありません。特に、目が見えなくなる病に苦しんだ馬琴が「八犬士、光りを照らしてくれ!!」と思わず叫んだ瞬間、八犬士が舞台に駈け込んで来るシーンは、本当に鳥肌ものでした。台本と音楽はもちろん、演出・演技まで含めてどれ1つ変でも上手くはいかないというすごいバランスに仕上がっていたと思います。

この話はこのくらいにして、先に進みます。

劇団サンブキッズの公演、ミュージカル「じゃじゃ馬馴らし」は5月の連休中の公演と決まっていました。「南総里見八犬伝の謎」の本番から1ヶ月半程の期間しかありません。すぐに中断していた録音作業を再開いたしました。この時点でどれだけ録音が出来ていたのかの記録はありません。歌の曲全11曲の楽譜は前年のうちに出来ていたのですが、録音は何曲か残っていたのではないかと思います。BGMとか効果音とかもまだだったはずです。台本も出来ていましたので、どこに音楽が入るかはわかっていましたし、そのための準備は進めていましたので、速攻で録音開始です。

この作品については、4月7日に録音が完成したというのが、(本番の日付を除く)唯一の日付の記録です。八犬伝から2週間くらいの作業だったことになります。我ながらかなりのハイペースですね。もっとも、この時期に新たに作曲した記憶があるのは1曲だけですし、それほど悩んだりした覚えはありませんし、その1曲が我ながら良く出来たという自覚がありますので、楽しく取り組んだという印象しか残っていません。でも出来上がったCD-Rにはトラック数で32曲(?/効果音だけとかドラが一発鳴るだけなんてトラックもありますが)までありますので、かなりのハイペースだったのは確かでしょう。

この作品は、もともと面白可笑しい内容ですが、大川さんの台本もどこかぶっ飛んでいて、それがまた私の方にもけっこう飛び火しています。「剣の舞のような音楽」とか、「クンパルシータ調の白鳥の湖」とか、シューベルトの「野ばら」を音痴に歌うとか、平気で書いてありますから。あっ、「クンパルシータ」はメロディだけなら誰でも知っているタンゴの名曲ですね。この劇は大川さん自身がじゃじゃ馬娘の父親役で出演したのですが、台本から受ける役のイメージが典型的な無教養の田舎成金そのままで・・・、ですので、歌の曲の中で大川さんが声を出すところは、美しいメロディなど書かずに叫ぶような形に終始させました。別に意趣を含んだわけではありませんよ・・あくまでもそういうキャラ設定に違いないと言う判断です。大川さんは嬉々として役になり切っていました。大川さんの想定と私の判断がきちんと合致した結果だ、と私は思っています。

という訳で、こちらも大盛況のうちに幕を閉じる事になりました。前年の8月頃から取り掛かり、ほぼ10ヶ月ほどでミュージカル2本という濃密な時間を過ごした事になります。実はこの期間に、大川さんとは直接的には関係は無いのですが、痛い思い出もあるのです。2月の終わり頃だったと思いますが、いきなり痔疾の症状が出ました。さらに、4月に入ってからは突然痛風の症状が出ました。これらは明らかにストレスが誘因となっていると思います。痔疾の方はいわゆる痔瘻という状態で医者にも「完治はしません」と言われてしまいました。痛風は不思議で、尿酸値はいたって正常で問題無いのに症状だけ出ています。私は痔疾の薬の副作用で痛風の症状になったと信じています。医者は「そんな副作用は聞いた事は無いが」と言っていますが、直接の原因でなくとも誘因の一つであるに違いないと思っています。その証拠に痔疾の薬を飲み終わったら、その後は全く痛風の症状は出ていませんし、尿酸値も正常のままです。痔疾の方も、5年くらいかかって一進一退で徐々に回復して現在は完治と思って差し支えない状態になっています。手術等の治療はいっさいしていません。大川さんとは直接的に関係ないと書きましたが、ほんの1年弱の期間大川さんのペースに付き合っただけで、私の方は体に変調が出てしまった訳です。大川さん当人は平気なのだろうかとちょっと心配になったりした事を思い出しました。もっともその時は、ちょっと思っただけですぐに忘れてしまいましたし、その後も、もし何事もなかったのならば、忘れたままでいたに違いありません。

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